第4回研究大会(2015)発表要旨
- 「個人的選択と集合行為の変化過程—ボリビア社会運動の再現と試行実験」
- 牧田裕美(東京大学大学院 総合文化研究科)
ボリビアの社会運動のイデオロギーは2000年を境に変化した。それは鉱山労働者アイデンティティから先住民アイデンティティへの変化であり、その変化に伴い運動への動員は増大した。その背景として社会運動組織と民衆はどのように関与しているのか。この疑問を現地調査の知見とコンピュータ・シミュレーションの技法を用いて明らかにすることが本発表の目的であった。
まず先行研究における相反する2つの視点の検討を試みた。第一が運動組織の戦略変更であり、第二が民衆のアイデンティティの変化である。シミュレーションの結果として、どちらの要素も大規模動員には欠かせないことが明らかとなった。結論として、運動組織が先住民アイデンティティの有効性を運動の過程から学んだことからイデオロギーが変化し大規模動員が実現したと示すことができた。この実験結果を事例研究から解釈することが今後の課題である。
- 「ペルー首都圏スーパー店舗拡大に伴う青果物流通変化−アボカドとチリモヤを事例に」
- 星川真樹(東京大学大学院 総合文化研究科)
ペルーの首都近郊では、2000年代からスーパーの店舗数が増大し、これまで国内市場にほとんど出荷されていなかった大農が主に生産している輸出向け作物や品種を取り扱うなど、新しい取り組もみられ、国内市場の青果物流通に変化が生じている。スーパーは契約基準を満たしている農家と直接契約して青果物を買付けようとしているが、国内消費が高い作物の多くは契約基準を満たしていない小農が生産しているため、基準を満たす仲買人から買付けている。
しかし、スーパーは国内市場向け作物や品種を多く生産する小農から直接買付ようと模索し、一部、基準を見直す動きもみられる。本発表では、そのようなペルー首都圏の青果物流通の変化を、輸出向け品種と国内向け品種で主な生産者が異なるアボカドのスーパーへの出荷を比較、チリモヤを事例に、大農が生産していない作物をどのようにスーパーが買付けているかを明らかにすることで示し、その課題も考察した。
- 「儀礼的戦い―タカナクイと投石合戦」
- 上原なつき(名桜大学)
ワイリアという上下地区対抗の踊り行列、タカナクイと呼ばれる村人同士によるけんか祭り、地区対抗の投石合戦について考察を行った。この3つの祭りは競い合いが強調されるにもかかわらず、明確な勝ち負けは重要とされない。
アプリマック県アンタバンバ村では、毎年12月25日から28日の4日間、ワイリアが行われる。最終日にはタカナクイと、サラ・クティパイとよばれるパチャママに雨と豊穣を祈願する踊りが行われる。タカナクイによる死傷者は結果的に、パチャママへの供物としての役割をはたす。
一方、クスコ県カナス市では、1月20日のサン・セバスティアンの記念日に投石合戦が行われる。二地区対抗で戦うが勝ち負けは明確ではない。もし死者が出た場合はパチャママへの供物となると考えられている。
カトリック祭日と雨季および農耕サイクルが一致したために、カトリック祭祀とパチャママへの祭りが習合した。また、勝ち負けを重視しないことからパチャママのための儀礼的戦いといえる。
- El español de los Andes amazónicos
- García Tesoro, Ana Isabel(東京大学)
Sin sumario
- 「エクアドル市民参加の実情―ピチンチャ県カヤンベで進行していることを事例にして」
- 杉田優子(NPO法人 エクアドルの子どものための友人の会[SANE])
コレア政権は、市民革命を掲げた新憲法のもと、『良き生活のための国家計画(Plan Nacional para el Buen Vivir )』を発表し、教育や医療などについて国家の責任を明確にし、大統領の権限強化を背景に大胆な改革を行って来た。しかし地域の実情を見ると課題も大きい。本報告では、報告者の活動地域であるピチンチャ県カヤンベ郡の教育現場で起きていることについて事例を挙げ、この改革の課題と可能性について考察した。
新憲法には司法、立法、行政の三権に加えて、選挙管理権力と市民による監視権力が構想されている。この市民による監視権力を実効あるものにするために、市民監視(veeduría Ciudadana)制度がある。これは政府の研修を受けた市民が、何か問題が起きた時に委員会の承認と資金援助を得て必要な調査をし、政府や公的機関に対して改善を要求することができる制度である。
カヤンベ郡では改革への期待も大きかったが、一方で急激な変化に大きな影響を受け混乱していた。教育政策の目玉としてミレニオ学校(Unidades Educativas del Milenio.)の設立や給食の100%支給があるが、これが山間地域の小規模校の突然の廃校や画一的な給食による栄養不足といった問題も引き起こした。これに対して市民監視制度やこれまでとは異なる市民参加の動きが徐々に成果を上げている。今後の動きに注目したい。
- 「16 世紀ペルーにおけるタキ・オンコイの政治・社会的背景をめぐって」
- 真鍋周三(兵庫県立大学 名誉教授)
タキ・オンコイの運動は1564年8月もしくは9月ごろから数年間にわたって、クスコ司教区ワマンガ地方南東部のパリナコチャス地区を中心に広がった「偶像崇拝」現象であったとされる。タキ・オンコイの報告者としてはスペイン人聖職者クリストバル・デ・アルボルノスが有名である。本報告では、ワマンガにおいて展開されたタキ・オンコイの政治的社会的局面を明らかにし、タキ・オンコイの発生理由や背景を探りつつ、運動の歴史的意味を考察した。その構成は次のとおりである。第I章では、ペルー副王領における教権支配の初期段階と新インカ国家について考察し、第II章では、タキ・オンコイ出現の背景について検討した。第III章では、タキ・オンコイの鎮圧すなわち偶像崇拝根絶の推進についてみていき、そして最終章で結論を述べた。
- 「アンデス農村研究における制度分析」
- 木村秀雄(東京大学)
要旨提出待ち
- 「アンデス牧畜地域におけるアルパカ毛の売却」
- 佃麻美(京都大学大学院 人間・環境学研究科)
発表者がこれまで調査を行ってきた中央アンデス高地の牧民村落では、アルパカの品質改良が推進されており、繁殖用生体個体(reproductor)は高い値で売買されて他の畜産物より大きな利益を上げている。しかし、このような取り組みを行っているのは一部であり、アルパカ毛の売却は多くの牧民にとっていまだに重要な収入源でありつづけている。発表では、人々が毛の売却に際して、どのように売却先を選択し実践しているかについて、仲買人への売却、アソシエーションの取り組み、協同組合の取り組みという3つ事例から報告した。売却先は、現金の即時支払い、運搬手段、毛の価格などの要素を天秤にかけながら選択される。また、アソシエーションや協同組合を選ぶ場合には、より大きな収入が得られるからという理由だけではなく、アルパカを飼うことに対する誇り、アルパカ飼養を続けていくことの重視といった点も関係しているのではないかと考えられる。
- 「シピボにとってのバナナとはなにか?-ペルーアマゾン氾濫原から」
- 大橋麻里子(日本学術振興会[PD]/一橋大学大学院社会学研究科)
東南アジア原産のバナナは奴隷貿易とともに南米大陸へ伝わったといわれる。ペルーアマゾンの氾濫原は、雨季の氾濫で肥沃な土壌が堆積するため半永続的な収穫が可能な土地とされ、そこで生活をするシピボはバナナを主食にしている。ドス・デ・マジョ先住民共同体では、1980年代から今日までバナナが収穫されている畑があるなど、アマゾン高地に比べて労働投下量が少ない農耕が営まれているといえる。その一方で、バナナの収穫量は各世帯によるばらつきが大きく、なかには畑を持たない世帯もあった。そうした世帯は他者から分けてもらう以外に、収穫に同行したり集落にいない人物が所有する畑から勝手に収穫したりすることで自家消費量を確保していた。
氾濫原で耕作されているため、数年に一度起きる大氾濫によって畑が浸水をするとバナナが長期間に渡って収穫できなくなるリスクもあるが、土地生産性の高い氾濫原に住むシピボにとって、バナナは「怠ける」ことを可能にする作物であるといえよう。
- 「観光資源としての古代遺跡の保全と現状―ペルー北部ピウラ県アヤバカを事例として」
- 河邉真次(愛知県立大学 非常勤講師)
ペルー北部ピウラ県アヤバカ郡では近年、文化資源をめぐる2つの文化遺産登録が行われた。そのひとつが「カパック・ニャン アンデスの道」(ユネスコ世界遺産、2014年)であり、郡内最大級の文化資源「アイパテ遺跡複合」がこれに含まれる。アヤバカ住民も地域活性化の目玉としてこの遺跡複合に大きな期待を寄せる一方で、市行政当局は遺跡の保全と観光開発に主導的な役割を果たせておらず、同市を訪れる観光客に魅力的な提案を行えていない。他方、域内の観光業者は、世界遺産登録を機に「サマンガの石彫群」をはじめとする他の文化資源にも観光客の目を向けさせることに期待するが、行政の消極的な観光開発推進と社会基盤の圧倒的な整備不足に対して不満を募らせてもいる。そのため、民間組織が独自に観光開発に着手するとともに、上位の県行政に対して観光関連予算の確保を打診するなど、市行政当局を飛び越えた活動を模索し始めている。アヤバカの文化資源の保全とその観光開発には、市行政、観光業者、域内の知的エリートそして地域住民からなるホスト社会のアクター間の役割分担の明確化と連携が不可欠であり、今後の動きに注目していく必要がある。
- 「ワカについて」
- 加藤隆浩(南山大学)
昨今のアンデス世界ではそれほどでもないが、16~17世紀のクロニスタたちは、ワカということばと頻繁に出会ったようだ。実際、クロニカを紐解いてみれば、夥しい数の言及に突き当たる。記録の頻度がただ高いだけではない。多くの記録者が、それをアンデスの宗教の根幹、基層部分と捉えアンデスに根深くしかも広範に分布する実態を描写していることを忘れてはならない。
では、ワカの研究はどこまで進展したであろうか。ワカの研究は、驚くべきことに、他の事象に比して、大いに出遅れている。とはいえ、一方で「出遅れ」という見方に反論もあるかもしれない。Zuidemaのセケ・システム研究とそれに繋がる一連の研究があるではないかと。
Zuidemaの仮説がどこまでアンデスの民族誌的実態を説明するかについては、今後も多くの議論が必要となろうが、ただ一つだけはっきりしていることがある。セケはワカではないという点である。セケは、ワカを繋ぎ合わせてつくられる不可視の線分である。そうしてできた線を次々に関係づけ、それを社会構造や宇宙観などと有機的に結びつけてできあがる一つの全体がセケ・システムということになる。したがって、セケ(システム)にとって重要なのは、ワカと他のワカ、さらには、婚姻体系、天体の運行、歴史観などといったものとの関係性であり、ワカの宗教的特性ではない。だから、セケだけをどれほど探究しても、ワカの本質に迫っていけるようには思えない。だいいち、アンデス世界のワカがすべてセケという網にかかるようにセットされているという確証があれば話は別だが、Zuidemaの仮説の射程範囲は、基本的にはクスコ地方どまりであり――確か、メソアメリカとの関連も議論されたが――、アリアガやアルボルノス、ボカネグラらが残したクロニカに登場するクスコ地域以外のワカでは、セケとの関係が見えていない。
これまでワカ研究はセケに焦点をあてるあまり、ワカの宗教性・宗教的様相をないがしろにしてきたが、いま、愚直にその描写・分析からはじめ、その広範な観念を支える構造と意味の検証へと研究を進めていってはどうかと考える。
- 「セクトと拝教−クリストバル・デ・アルボルノスの 「タキ・オンコイ」巡察史料について」
- 谷口智子(愛知県立大学)
「タキ・オンコイ」とは、ケチュア語で「踊り病」を意味し、1560年代半ばから70年代前半まで、ペルーのワマンガ地方で発生した土着の宗教運動である。ペルーの歴史学者ルイス・ミリョネスによる史料発見以降、当時の植民地当局を脅かした「インカの反乱」との関連性や、運動のメシアニズム的側面などが指摘され、研究者の間でさまざまな「タキ・オンコイ」言説が作られてきた。本発表では、「タキ・オンコイ」を巡察したクリストバル・デ・アルボルノスの四回にわたる『功績報告書』の概略を紹介し、特に1570年のワマンガ地方の記録に注目した。当時、アルボルノスは第一発見者ではなく(第一発見者はその4,5年前のオリベラ神父)、ケチュア語もそれほどできなかったので、自費で通訳のヘロニモ・マルティン神父を雇い、ワマンガ地方の各地のレパルティミエントを巡察していった。タキ・オンコイ巡察と取り締まりが、アルボルノスの立身出世のためにどのように利用されたか、25人の証人の証言から詳しく見ていく。
- 「インカ国家による農地開拓と管理」
- 大平秀一(東海大学)
本発表では、トメバンバ(現エクアドル・クエンカ市)西方およそ50kmの地点に位置するムユプンゴ領域において確認されたインカ国家の農地に関して、ボリビアのコチャバンバ谷に配された同国家の農地と比較し、考察を加えた。
ムユプンゴ領域には、主要な信仰対象の山の一つセロ・インフィエルニーリョの麓に、畑の中心部分が認められ、入念に構築されたワカ、水路、テラス、畝が残存している。この畑地は、尾根上(3100m)から谷の底部(1600m)にいたるまで、広域にわたって連続的配されていた痕跡が認められる。コチャバンバ谷では、「スヨ(あるいはスユ)」(1 suyo:幅73.5m,長さは谷の地形次第で多様[500m~])という細長い形状を意味する観念を基盤として畑地が区分され、それぞれの区画には名称が付されていた。またこの観念に基づき、出自を異にする労働者(ミタ/ミティマ)が計14000人ほど配されて畑地の耕作・管理を担い、収穫物(トウモロコシ)は最終的にクスコに運ばれていた。ムユプンゴ領域に関する文書記録は残存していないものの、畑地の広がり・地形を考慮に入れると、同じような観念で畑地の管理がなされていたと想定される。標高を考えると、農地ではトウモロコシが栽培され、収穫物はトメバンバに運ばれたのであろう。
