第5回研究大会(2016)発表要旨
- 「アンデス牧畜民と家畜との関わり:ラクダ科動物の乳利用不在に関する一考察」
- 鳥塚あゆち(青山学院大学)
アンデス地域において、ラクダ科動物のリャマとアルパカは先スペイン期から多様な方法で利用されてきた。古代から現代まで様々なものの影響を受け利用方法も変化してきたが、近年では急速にその変化が進んでいるように思える。このような中、スペイン人による旧大陸家畜の導入という大転換期を経ても変化することがなかったのは、ラクダ科動物の乳を利用しないことである。栄養学的側面からはその有用性が指摘されていることから、乳は無用だから利用されてこなかったわけではないだろう。また、アンデスの人々は要・不要の観点からだけで家畜を利用しているわけではないことは、今日の牧畜民と家畜との関わりからも指摘できる。発表では、ラクダ科動物の乳量、習性、人々の乳糖耐性の低さ、農耕地との近接性、動物観の5点から乳利用をしない理由を考察した。人間による家畜の乳利用は、本来仔のためのものである乳を母子から奪う行為であるが、アンデスでは家畜の乳をわざわざ利用する必要がない状況で、人々が繁殖を願い聖性を認めた家畜から乳を奪う行為をしなかったのではないかと考えられる。
- 「社会運動における目的の変化と成功の定義:ボリビアの事例から」
- 牧田裕美(東京大学大学院)
社会運動の結末を成功であるか否かを判断することは、社会運動論が不得意とする分野である。その要因は、どの主体から見た成功なのか、どの時点を運動の終結とみなすのかに起因する。そこで本研究では、ボリビアを事例として社会運動の目的が変化する過程とその要因を考察した。
対象とする事例は2000年にボリビア国コチャバンバ県で生じた公営水道民営化に対する反対運動である。この運動は1980年代以降、社会運動によって民営化を撤回した初の事例として「新自由主義への勝利」として賞賛された。ただ、この運動の勝利をもってしても水資源をめぐる状況は改善しなかった。その要因は、社会運動への支持者を増大させることを重視するあまり、もともと存在する水問題を含む広範な目的を掲げることができていなかったことを現地資料と言説分析によって明らかにした。
- 「17世紀ポトシにおける市民戦争:ビクーニャスとバスコンガドスの戦い」
- 真鍋周三(兵庫県立大学 名誉教授)
17世紀に入ると、ポトシ市では「バスク人集団(バスコンガドス)」と他のスペイン人集団との間で社会的緊張が高まった。1622年にバスク人有力者のひとりが殺害されるという事件が起きた。犯行に加わったと目された数人のエストレマドゥーラ人の逮捕拘留が引き金になって、騒動が起きる。バスコンガドスに対抗してカスティーリャ人、エストレマドゥーラ人、アンダルシア人らは徒党を組んで戦端を開いた。彼らは「ビクーニャス(vicuñas)」と呼ばれた。両者の対決は次第にエスカレートしていき、戦いは1625年まで続く。この戦いの犠牲者(死者)数は1万人にも達したといわれている。ビクーニャスは最終的に敗北する。バスク人は権力を取り戻し、戦いに勝利した。
本報告では、この戦い発生までの経緯を明らかにし、この事件の社会経済的背景を考察した。そのさい、当時のポトシ銀山運営(私企業とスペイン王権による官民混合事業)の実情を、第5代ペルー副王フランシスコ・デ・トレドの「改革」以降に出現したスペイン王権の「国庫主義」を基軸として分析してみた。
>- 「ペルー北部海岸地域のアオガードについて」
- 加藤隆浩(南山大学)
本発表は、これまで研究の蓄積がほとんどないペルー北部の海民の間で根強く流布している民間信仰アオガード(ahogado:溺死者)に焦点をあて、それがどのような特徴を持つかを、隣接する農民社会で語られるコンデナード(condenado:亡霊)との比較を通して明らかにし、将来的にその信仰がいかなる社会的意味を担うかを検討する予備的考察をしようとするものである。トゥルヒーリョ近郊の沿岸部ではアオガードもコンデナードもそれぞれ、漁村、農村という地域を代表する超自然的存在であり、共に「罪を背負った死者の霊」であるという点で同一であり、しかも、両者とも現実に人々を戦慄させる存在として社会の中に生きている。とはいえ、そうした類似にもかかわらず、両者には、正反対の属性が割りあてられている。たとえば、コンデナード/アオガード:形状の人間性/動物性:正体の露出性/秘匿性:罪の社会性/偶発性等がそれである。コンデナードについては、財の独占と開放という視点からすでに論じられているので、アオガードを社会組織の観点から検討することで、そこに何らかの民俗的思考が見いだせるのではないかと考える。
- 「スペイン・ムルシア州ムルシア市における死者への歌と祈り―アンデスとの比較から何が語れるのか」
- 上原なつき(名桜大学)
死者のための合唱団アニメーロおよびアウロロの比較を行った。ペルー・アプリマック県アンタバンバ市A村では、実在する山の山頂が他界とされ、死者の日には、山頂から死者の霊魂が帰郷すると考えられている。アニメーロが生者をあの世に道連れにする死者の霊魂「タイタママ」を防ぐとされる。
一方、スペイン・ムルシア州ムルシア市では、死者のための合唱団はアニメーロとアウロロの2種類がある。アウロロとは「アウロラのマリア」の男性信徒集団であり、特に死者の日に活動する。「アウロラのマリア」は煉獄の霊魂を救うとされる。
アニメーロは主にクリスマスに活動する信徒集団であり、「カルメンのマリア」に歌と祈りを捧げる。「カルメンのマリア」も煉獄の霊魂を救済するとされる。各家を回り、一年間に死者が出た家では祈りのみ、それ以外では歌とダンスを行う。
両地域とも死者のために歌うという点は共通しているが、A村では死者から生者を守るためであるのに対し、SC地区では煉獄の死者を救済するためであり、目的が異なる。その背景には他界観の違いが関連していることが明らかとなった。
- 「先住民医療の資源化―チリの首都におけるマプーチェ医療をめぐって」
- 工藤由美(国立民族学博物館 外来研究員)
チリの首都では2003年から先住民保健政策の一環として、先住民マプーチェの民族医療(以下、マプーチェ医療)が公立診療所の敷地内で実施されている。マプーチェ医療はマプーチェの故地であるチリ南部で征服期以前から行われてきたもので、マチと呼ばれる霊的職能者による診断・治療と、薬草の提供から成る。先住民保健政策に組み込まれたマプーチェ医療は、公的保険の対象とされ、受診者の多くを占める貧困層は無料で受診することができる。政策的にはマプーチェの人々の医療受給率改善を目的として導入されたマプーチェ医療だが、非マプーチェ受診者も増加し、現在では受診者の約80%に達している。先行研究のほとんどはマプーチェ医療を代替補完医療、薬草医療と位置づけるが、それは薬草のみを資源化しようとする見方でもある。マチの診療の全体像と患者の語りに焦点を当てると、マチの能力の重要性と、マプーチェ医療は「代替・補完などではなく、別のタイプの医療だ」というマチの主張の根拠が見えてくる。
- 「ペルー中央海岸ワウラにおけるセントラル建設の試算に関する一考察」
- 大貫良史(法政大学ほか 非常勤講師)
ペルーのサトウキビ栽培の歴史は古く、海岸部と山岳部の広い範囲で行われていたが、近代化後は海岸部に集中するようになった。製糖は、主にアシエンダと呼ばれる大農園で行われ、そこではサトウキビの栽培から製糖まで一貫した生産が行われていた。すなわち耕作部門と製糖部門が同一経営主体の下、行われていた。
一方で、ラテンアメリカで最大の製糖国であったキューバでは、セントラルと呼ばれる近代的大型製糖工場を中心として、周辺に独立したサトウキビ農家がこれを取り囲む形態が発展した。セントラルは加工、農家は栽培に特化するという製糖部門と耕作部門の分業化がみられ、このような農家はコロノと呼ばれた。一般的にセントラルは、資本主義の象徴として小規模な農家を搾取するようなイメージがもたれやすいが、実際には独立自営農であるコロノとの親和性が高く、小規模農家とも共存することが可能であった。
では、なぜペルーでセントラルのようなスタイルが発達せず、アシエンダという伝統的なシステムが維持され続けたのか。本発表では、20世紀初頭、ワウラにセントラル建設を推奨した化学者C. サイヤールの試算とアシエンダ・サンニコラスの実際の経営データとを比較することにより、コストや収益面から実現の可能性を検証する。さらに、キューバにおけるセントラル発展の史的展開から、セントラルがペルーの社会風土と相容れなかったであろう要因について考察する。
- 「食料の安全保障から見たアマゾンの土地なし農民運動の意義」
- 石丸香苗(岡山大学地域総合研究センター)
アマゾンの貧困は環境に恵まれた「飢餓の無い貧困」であるが、都市部の労働市場から排除された人々が都市近郊域の農村の放棄耕作地や森林を占拠し、生産を行ういわゆる「土地なし農民運動」が随所に認められる。これらのコミュニティは数年間のアカンパメントと呼ばれるテント生活の後、土地区画を行い世帯へ土地を配分し生産を開始するとアセンタメントと呼ばれる。栽培作物の選択や栽培方法等は、各世帯の裁量に依り経営されるため、世帯間の知識や手腕によるところが大きい。占拠した土地から得られる生産による自給や販売作物の世帯間の特徴を見たところ、占拠初期の時点での作物に対する知識の有無によって作物選択が異なっており、収穫計画を立てられなかった世帯は自給作物と同時に販売収入も少なかった。これら生産に失敗をした世帯らは、初期の定着が難しくアセンタメントを去っていくと考えられる。
- 「ペルー・アマゾンにおける泥炭地ヤシ林の保護」
- 木村秀雄(東京大学 名誉教授)
熱帯林保護と地球温暖化ガス削減にとって重要な熱帯泥炭地の保全について、その現状・保全活動の目標と問題点を実地調査によって得られた資料をもとに論じた。調査地は面積世界第二位の熱帯泥炭地をかかえるペルー・ロレト県、さらに具体的には、消費地である県都 Iquitos 市、泥炭地を覆う最も重要な森林であるMauritia flexuosa(ミリティ、ブリティ、アグアへ)林が分布する Río Napo、Río Tigre、Río Amazonas、Río Itaya の流域、自然保護区であるReserva Nacional Pacaya Samiria、Reserva Nacional Allpahuayo Mishana、ならびに Iquitos - Nauta 間舗装道路周辺の開発地域である。調査の結果、REDD+ などとの連携は不可欠であるが困難があること、さまざまなヤシを始めとする熱帯植物の商品化が試みられているが将来が見通せないこと、そして熱帯泥炭地林の保全のためには熱帯林保護ガバナンスに確立が必須であると、結論づけた。
