第8回研究大会(2019)発表要旨
- 歴史文書におけるインカ表象:「創造神・ヴィラコチャ」
- 大平秀一(東海大学)
アンデス先住民の歴史の一局面であるインカは、ルネサンス末期に生きたスペイン人の記録の中で、ローマ帝国像の影響を受け、「インカ帝国」として記述された。それらの記録の中には、国家宗教「太陽神」と共に、創造神「ヴィラコチャ」が示されている。この神の名称は、初期の記録には認められず、1540年代に初出すると考えられている。1550年代にはベタンソスやシエサが詳述するようになり、以後、「インカの創造神・創造主」として理解されていく。その記述内容、その名の持つ意味(脂の泉[生命の源泉])がアンデスの宇宙観に見合うこと、そしてペルー南部高地の民族誌情報等から、あたかも普遍的にアンデス全域に存在する神観念であるかのように捉えられてきた。
本報告では、先住民による伝統的な宗教・儀礼的世界をめぐる語りがケチュア語のまま綴られた「ワロチリ文書」(c.1608)を分析し、ワロチリ地域において、ヴィラコチャの観念が創出・テクスト化されていく過程を提示した。
- マプーチェ医療成功のもう一つの顔
- 工藤由美(国立民族学博物館 外来研究員)
チリの先住民保健プログラム下で公的医療に組み込まれた先住民マプーチェの医療(以下、マプーチェ医療)は、首都サンティアゴでも2003年に実施され始めた。10年以上経過した現在まで受診者数は増え続け、特にチリ人受診者数が増加した。この成功は内外で注目を集めており、筆者はこれまでこの成功の要因について分析し、報告してきた。
本発表は、①これまでの報告の論点を整理し、②マプーチェ医療が公的医療に取り込まれたことの持つ否定的な面や、医療の外側で生じている問題について論じるものである。①マプーチェ医療の成功の背景には、一方でチリ社会の急速な健康転換による慢性疾患の増加、それに伴う医療費膨張、西洋医薬への不信の増大があり、他方には首都におけるマプーチェの存在感を高めたい先住民組織の積極的で非営利的な参画があった。マプーチェの薬草の多くは科学的にも有効性が認められ、安価な医療資源として再認識されていたが、慢性病と西洋医薬への不信を抱えたチリ人患者は、この「自然の薬草」による治療に引きつけられた。②公的医療としてのマプーチェ医療は、患者側から見れば「無償」で提供されている。それはマチ(マプーチェの医療者)・患者間の互酬関係の消失であり、世界観上極めて危険な状況に両者を置くが、現状では解決策はない。医療の外側では、チリ南部の故地で、経済的利得を目論む不適格なマチ志望者と彼らを利用するマチが出現している。
- 友枝文書、遺稿とその活用について
- 加藤隆浩(関西外国語大学)
日本におけるアンデス民族学研究の牽引車の一人は、疑いもなく友枝啓泰である。広島市立大学をすでに定年退職していたが、研究を継続する意欲に満ち溢れ、非公式ながら後進の指導にもあたっていた友枝だが、2009年、惜しくも不帰の人となった。
友枝が遺したものは、アンデスならびにアマゾンの基本文献として共有されている数多くの研究成果があるが、加えて、彼が収集したアンデス・アマゾン関係の文献書籍、デジタル化された生データ、民族画像、遺稿がある。それらは、現在、分散して保管されているが、どこに何があるかが分からなければ死蔵され、最終的には散逸してしまうことは目に見えている。これは、もちろん、「誰かに活用してほしい」と言っていた友枝の希望とは真逆の方向にある。
そこで、この報告では、報告者が事情を比較的よく知っている遺稿について整理した。遺稿は、1)コンピュータに残された草稿 と 2)手書き(自筆)の草稿 に分類できる。
1)コンピュータに残された草稿(保管・藤井龍彦)
『「四州の国」はあったか?』(16p.) と 『ネグリトス 1』(9p.) があり、共に未刊である。ただし、両者とも友枝の主張はほぼ理解できるが、そのままの形では公開は難しいと考える。なお、前者には、「タワンティンスユ検索」(17p.)「チンチャイスユ検索」(9p.)「ヌエバカスティリャ」(2p.)、後者には、「Danzas, bailes y taquies en las cronicas:para provar(sic) si es teatral en estado inca」(123p.)という資料集がついている。
2)手書き草稿(保管・加藤隆浩)
『アチカイ神話ノート 栽培植物とサボテンの起源』1998.7.10 pp.186(200字詰)
アチカイは、人喰いの魔女で、神話は「ヘンゼルとグレーテル」に酷似している。アチカイが天に昇っていき地上に転落。血が飛び散って不毛な大地の起源になるというストーリーだが、これは友枝がかつて分析した「大食いのキツネ」との関連を想起させる。草稿は20話ほどのアチカイ神話と、それぞれに関する短いコメントからなる。神話は和訳してはあるが出典が辿れないものもあり、草稿の全体の印象としては、アチカイ神話のアンソロジーといったところである。
こうした資料をどのように扱ったらいいのか。破棄するか、それとも活用するのか。活用するのであれば、どのようにか、と次々に疑問が浮かぶ。資料の散逸、剽窃を避けるためには、個人蔵よりも集団管理が確実ではないか。発表後、友枝の遺構は貴重な資料となるので、それをまずは公開できる形にすることが急務であろうとの助言を頂いた。
- 友枝コレクション・データベース化をめぐる経緯と今後の課題
- 河邉真次(愛知県立大学非常勤講師)
本発表は、2015年3月末に南山大学人類学博物館に寄贈された「友枝啓泰アンデス民族学画像コレクション」のデジタル・データベース化の進捗状況とその全体概要、および運用実績を報告するものである。同コレクションは、1963年から40年以上にわたって故友枝啓泰氏(以下、寄贈者)とその研究協力者が撮影した4万8千点を超える写真資料群であり、個人によるアンデス地域の民族誌的画像コレクションとしては世界最大規模を誇る。本報告は、寄贈者の没後10年の節目として、文化資源としての同コレクションの学術的価値を再認識し、将来的な学術的利用を促すことを目的としている。
本報告では、同コレクションを年代・撮影媒体別に整理し、デジタル化した画像サンプルと関連する研究業績を年代ごとに提示する形で、寄贈者の関心の推移を追跡した。また、デジタル化が完了した同コレクションの運用事例として、各種写真展や刊行物への写真提供実績を報告した。加えて、南山大学人類学博物館HPにおける同コレクションの公開状況を紹介し、利用を呼びかけた。ただし、同コレクションのデータベース化・アーカイブ構築には依然として多くの課題が残されており、全画像点数の公開およびオープンな利用のための環境整備はいまだ道半ばといえる。今後、同コレクションのアーカイブ構築とその有効活用に関して、学会関係者および識者から広く助言をいただければ幸いである。
- アンデス牧民社会における婚姻関係の変化と配偶者選択の規範
- 鳥塚あゆち(関西外国語大学)
本報告では、ペルー、クスコ県の先住民共同体の婚姻事例の分析から、牧民社会における婚姻関係の一端を明らかにし、牧民社会を取り巻く環境の変化が婚姻関係に与える影響について考察した。のべ150件の婚姻の事例から配偶者の出身地を特定できた事例を分析した結果、男女ともに80%以上の割合で地域内婚の傾向にあること、農作物獲得先の農村出身者との通婚は1件もないことがわかった。またこれを世代別に分析した結果、同じ共同体出身者との通婚は減少傾向にあること、当該共同体が「先住民共同体」として承認されたことや町との関係の強化が通婚に影響を及ぼしていることが明らかとなった。
さらに、配偶者選択の規範ついても考察を加えた。農民との通婚については、共同体成員が「リャメーロ(リャマ飼い)」であること、日常の食事の相違や「話す言葉が違う」ことが農民と牧民の区別を明確化し、婚姻関係にいたらなかったと考えられるが、強く忌避されるものではないと指摘した。規範としてはたらいているものには同姓不婚が挙げられ、これは「同じ姓をもつ者は同じfamiliaだ」という考えによるものである。しかしながら、彼らのいう“familia”が明確な範囲をもつ概念であるのかについては不明であり、課題として残った。さらに、実際に結婚によってどのように人間関係が広がったのかについても具体例から考察する必要がある。
- ブラジル土地なし農民運動の意味するもの:尊厳の回復と連帯を目指して
- 石丸香苗(福井県立大学)
ブラジルの土地なし農民運動とは、貧困層の人々が所有権を持たない土地を集団で占拠して生産を行い、土地の利用権利を訴える農地改革の民衆運動である。彼ら土地なし農民の多くは、ブラジルの歴史的背景に因る社会階層間移動の難しい社会構造に囚われ、何世代も貧困層としてあり続けた人たちの家系から産まれている。
土地なし農民の生産活動は資本主義的な経済活動ではなく、人間の幸福のための倫理的経済活動である連帯経済を思想に持つ。自ら考えたことを実現し、社会の一員として経済に参加することで、彼らは抑圧された人間という過去から解放され、本当の自由を得る。彼らの渇望の中には、自分が世界から正しく扱われたいという気持ちとともに、彼ら自身が世界を正しく扱いたいという抑えがたい欲求が存在している。使役されない自立した労働者は、自分自身がどのような倫理観や思想の下、労働を通して社会に影響を与えようとするのかが問われる。それは、自分の外にある世界を、自らがどのように扱うかということにほかならない。
所有をする階級ではなかった土地なし農民にとって、土地を所有するということは、ただ生活の糧を得るための土地を持つ意味には留まらない。この運動により人々が真に求めたのは土地だけではなく、土地と農地改革の末にある大土地所有制の解体と社会構造の変革である。
- 地域発展としての手工芸品制作活動:コロンビア先住民族ワユーの事例から
- 松丸進(上智大学大学院)
コロンビア北東部ラ・グアヒラ県の先住民族ワユーの女性手工芸家が制作する、カラフルなバッグ「モチーラ(mochila)」は、欧米や日本でもファッションアイテムとして注目を浴びつつある。しかし、その背景にある社会や手工芸家の顔は見えてこない。また、ワユーの手工芸品取引においては、一部の中間業者が不当に安く買い叩く、搾取構造も存在する。そうした状況を受け、近年、手工芸家と消費者を繋ぐフェアトレード団体と、手工芸家の連帯を目指す団体の、2つの市民団体が生まれた。本研究では、これらの市民団体の手工芸品制作活動がいかにして地域発展に寄与し得るのかを、手工芸家の主体性に着目して考察する。
2つの市民団体には、ワユー手工芸家だけではなく、ワユーではない地域住民、国内外のNGOや社会的企業も関与する。そのため、プロジェクトの遂行は、手工芸家側だけの決定ではなされず、様々なアクターの意向が影響する。しかし、手工芸家は従属的なのではなく、双方の交渉の上で物事が決定していく。一方、ある団体においては、現状、運営の殆どを担うのが代表者であり、手工芸家が主体的にプロジェクトを進めていく仕組み作りは、まだ萌芽の段階であった。ワユー手工芸品制作活動は、地域発展において脆弱性を抱えつつも、ダイナミズムを持っていると考える。
- 16世紀ペルーにおけるタキ・オンコイとワンカベリカ水銀鉱山
- 真鍋周三(兵庫県立大学)
これまでに報告者は、クスコ聖堂参事会を代表してアルボルノスが、10分の1税不払い問題を解決せよとの命を受けて1569年にワマンガに出向いたこと、そこでタキ・オンコイ(先住民による偶像崇拝行動)を察知したこと、タキ・オンコイは偶然の発見の結果であったことを指摘した。
本報告では、タキ・オンコイとワマンガの諸鉱山とりわけワンカベリカ水銀鉱山との関係についてみていく。最大の留意点は10分の1税徴収問題のゆくえ、つまりそれがタキ・オンコイの鎮圧とどう関係するのかという点である。
1564年以降、タキ・ オンコイが広がったワマンガのすべての地方が、ワンカベリカ水銀鉱山のミタに人員を提供していた地域にぴったりと一致したことは注目に値する。
ワマンガの場合、10分の1税不払い問題の解決をはかるにはまずもってタキ・オンコイの鎮圧がどうしても必要であった。先住民のサボタージュが続く限り、エンコメンデーロにとって10分の1税など払えはしない。それどころか彼らにとってタキ・オンコイは自らの死活問題となった。アルボルノスとワマンガ市参事会の連携が成立したのは無理からぬことであった。10分の1税不払い問題の行方が偶像崇拝の根絶へと転換したのも当然のことといえる。
タキ・オンコイは、ワマンガのエンコメンデーロ(事業主)、市参事会、王権官僚、聖職者に先住民労働力確保の重要性を改めて知らしめる契機になったように思われる。
タキ・オンコイと水銀谷口智子(愛知県立大学)
この口頭発表は、本人からの申し出により、撤回されました(2021年9月17日)
- アンデス・アマゾン調査の条件
- 木村秀雄(自由学園国際化センター)
発表要旨提出待ち
